ヨーロッパ各国の政府は、ヒートポンプを持続可能で長期的、そして低炭素な冷暖房ソリューションと位置づけ、導入を積極的に支援しています。EUは、2026年までに約2,000万台、2030年までには6,000万台のヒートポンプの設置を目標としています。
ヒートポンプは、外気や地中の熱を利用して、空気や水を暖めたり冷やしたりできる省エネ型のシステムです。とくにヨーロッパでは、「A2W(Air to Water)」あるいは「ATW」と呼ばれる温水を使った暖房方式の導入が進んでいます。これは、外気から熱を取り込み温水を作り、その温水を家の各所に設置されたラジエーター(放熱装置)に送り、室内の空気を間接的に暖める仕組みです。
電気エネルギーを使いますが、取り込む熱エネルギーの方が多く、消費電力に対して得られる効果が大きいため、非常に効率的な方式とされています。脱炭素社会の実現に向けて、従来のように化石燃料を燃やして温水を作るボイラーから、ヒートポンプへの切り替えがEU各国で進められています。
世界全体で見ると、国際エネルギー機関(IEA)は、2030年までに商業用・住宅用建物でヒートポンプが6億台導入されると予測しています。この分野の市場規模は控えめに見積もっても3兆米ドル以上とされています。
民間企業もこの成長性に期待しており、ヨーロッパ全域で50億ユーロ規模の工場投資がすでに発表・実施されています。将来的には、ヒートポンプがエアコンやボイラーの代替となる可能性も十分にあります。
ヨーロッパでは冷房のニーズが急増中
2025年の熱波は過去最高の暑さを記録すると予測されており、この傾向は今後4年間続く見込み
出所:国際連合
2025年から2029年の間、いずれかの年が観測史上最も暑い年になる確率は98%とされています。
しかし、ヨーロッパではエアコンの普及率が依然として低く、多くの人が「使用頻度が低い」「電力を消費しすぎる」として導入に消極的です。ユーロモニターのデータによると、北欧では家庭のエアコン普及率は1桁台にとどまり、南欧でも40%未満となっています。
一方、アジアでは状況が異なります。中国、マレーシア、日本などでは、家庭のエアコン普及率が60%を超え、100%を超える国もあるほどです。
2025年3月にはヨーロッパ全域で気温の記録が更新されるなど、冷房のニーズは急速に高まっています。その中で注目されているのがヒートポンプです。冬は暖房、夏は冷房という「1台2役」の役割を果たせるため、エネルギー効率に優れた選択肢として注目されています。
EUは2030年までに6,000万台のヒートポンプ導入を目指す
ヒートポンプは他の冷暖房機器にはない価値を提供します。暖房機能によりボイラーの代わりとなるだけでなく、夏場には冷房機能も備えており、エアコンの役割も果たすことができます。さらに、ガスや石油ボイラーと比べて4倍のエネルギー効率があり、国際エネルギー機関(IEA)によれば、ヒートポンプを導入することでエネルギー消費をガスボイラー使用時と比べて最大75%削減できるとされています。
ヨーロッパでは今後、暖房・冷房ともにニーズの増加が見込まれており、欧州委員会はヒートポンプを「将来の低炭素型冷暖房システム」と位置づけ、2026年までに2,000万台、2030年までに6,000万台の導入を目標に掲げています。
この数値がいかに大きな目標かというと、ユーロモニターのデータによれば、西ヨーロッパにおける2024年のエアコン販売台数は600万台弱にとどまります。また、欧州ヒートポンプ協会(EHPA)によると、現在のヒートポンプ販売台数はヨーロッパ14カ国合計でようやく200万台を超えた程度にすぎません。
欧州企業は50億ユーロ超の投資を発表
EUの補助金制度などの後押しもあり、ヨーロッパではヒートポンプ需要が急増中です。これを受けて、大手家電メーカーやヒートポンプ専業メーカーが、合計30億ユーロ以上の投資計画を発表しています。
2023年にベルリンで開催されたIFA(世界最大の家電展示会)では、多くのブランドがヒートポンプへの注力を公表しました。家電業界にとって、ヒートポンプは新たな主力製品カテゴリになる可能性があります。この分野には、総額53億ユーロを超える製造投資が予定されています。
普及には期待と課題の両面
EUによる補助制度の後押しもあり、ヒートポンプは“脱炭素冷暖房”の切り札として注目されています。しかし、普及を加速させるには、いくつかの課題も残されています。
詳しいデータやインサイトについては、ホワイトペーパー「Heat pumps: The appliance for a climate-resilient planet」をご覧ください。
This article was first published in March 2024 and has been updated.